この物語では、特に何も起こりません。
主人公のドローゴは、いつか自分が大成して英雄という特別な存在になりたい、という夢を抱き続けているのですが、現実には大きな事件も起こらず、主人公が特別な力に目覚めたり、壮大な運命に翻弄されるわけでもなく...しかし、不思議と読み進められました。
しかし「特別な何者かになりたい」という夢は、誰しもが一度は夢見ることで、現在のSNSなどにおける承認欲求なども、その一種なのではないかと思います。
バズって目立って認知されて、「特別」になりたい。
しかし、本当に「特別」になれるのは一部の人間だけで、大多数の人間は何者にもなれずに諦めていくことの方が多いのではないでしょうか。
あまりにも何も起こらない、このような物語を読ませる力は、作者であるブッツァーティの観察力なのではないかな、と思います。
とにかく人のことをよく見ている。
どこにでもいそうな人々の日常や心の機微を捉えて過剰に装飾したりしていない、不思議な物語でした。
小説を読むという行為に対して、何を望んでいるのかにもよりますが、読んでいる時の自身の状況によって、大きく印象が変わる作品だと思うので、歳を重ねてから読み返すのもよさそうです。
この本を読んで『ジャン・クリストフ』にある、この一文を思い出しました。人はおおむね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ。
ロマン・ロラン/ジャン・クリストフ(岩波文庫)
映画『イノセンス』で荒巻部長も引用していましたね。
ドローゴにとっては不本意だったかもしれませんが、生きているだけで、人はこんなにも面白い。
物語の受け取り方は人それぞれですが、ドローゴの人生もそう悪くないと思います。
人類の大半は何者でもない人で構成されていて、そのような人たちがしっかりと社会を回してくれているからこそ、一握りの英雄が輝くのだと思っているので、何者にもなれない自分を否定するものでもない、ですよ。
きっと。
そういった意味では、何者でもない自分を肯定したいときに読むのもいいかもしれません。

